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ハンガリーてくてく日誌2

ブダペストの大学で日本語を教えたり、ハンガリーの絵本を翻訳したりしています。指の間からどんどんこぼれ落ちていってしまうような毎日を、少しでも書き留められたらいいなぁ。


by pitypang2
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90分

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(リスボンの本屋さんで買った絵本。
レジの人が「タイルのデザイナーが描いているんだ。おすすめだよ!」
と言ってくれました。
リスボンの旅行記はいつ続きを書けるんだろう…)

昨日、初めて、ハンガリー語で90分の講義をしました。

今学期は日本学科の教員たちが交代で受け持つ授業があって
「自分の得意なこと何でも話していいよー、やってみる?」と言われて
一回だけ受け持たせてもらったのです。
日本学科以外の人たちが自由科目としてとったりもしているので、
全部ハンガリー語で話しました。
相手は日本についての知識もゼロかもしれないので、いろいろ一から説明しつつ、
でも、日本学の修士課程の人たちも参加しているので、その人たちにもつまらなくならないように。

いやー…
無事に終わった今、
一言で言うなら、まだまだだな、というのが一番自分の気持ちに近い感想です。

ハンガリー語で大勢の人の前でお話をさせていただいたことは何回かあったので
全然大丈夫だろうと高をくくっていたのですが
そういうのって思い返せばせいぜい30分とか45分とかだったのでした。

90分話をするというのは大変。
前に使ったPPTを少し膨らませて話したのですが、
結局65分ぐらいで終わってしまいました。
直前に一人で練習した時も「あっ、やばい、短い」というのは感じたのですが
それから慌てて付け足したスライドはやっぱりあまり面白いものにならず、
最後に行くにしたがって、手抜き感が見えてきてしまったと思います。

あと、90分集中し続けてもらうのも大変。
私が普段担当している授業は全部いわゆる「演習」の授業で、
どれだけその時間に練習してもらうかがカギとなります(と私は思っています)。
私は経験を積むにしたがってますます
「授業中は学生たちに楽しくがんばってもらってなんぼ。
私の出番はなければないほどいい。
楽しくがんばれるようなレールに乗せ、
そこから落ちないようにするのが私の仕事」と思っているので、
大げさに言えば、生活の中で一番楽な時間は授業中かもしれない、というくらいです。
(家では結構がんばっているんですけど。
先学期は概算1000ページくらい作文を添削したし。)
でも、「講義」は全然違うんですね。
自分が学生として授業を受けている時も、90分の講義を集中して聞くことは
すごく大変だった、というより全然できなかったけど、
授業をやる方もなかなか大変なんだな、と思いました。
自分の集中力も切れてくるし、相手の集中力が切れてきている感じも受けました。
休憩を入れたらよかったなー
次がもしあったら、絶対に休憩を入れよう。

終わったとき、拍手をもらいました。
私はうまくいった自信がなくて
「大学の講義で拍手なんかしないよなー、なんか慰めの拍手だよなー」と思ってしまいました。
(夫に話すと、「大学でも、いい授業だったら拍手をするよ」と言ってくれたのですが、どうだろう。)
あと、日本学科の学生の一人は、「先生は上手でしたよ」と言ってくれましたが(笑)、
それも慰めのように感じてしまいました。
自分に自信がないので、結局、何言われても慰めのように感じてしまいます。
実際、手ごたえがあったともなかなか思えません。
(その点、演習の授業は、うまくいったかどうかがわかりやすい気がします。)

まだまだだよなー
当たり前か、初めてでうまくいくと思っていた方がおかしいな。

でも、よい経験でした。
自分にはまだまだやれることがあるんだ、
練習すればきっともっと良くなるようなことがあるんだ、
というのは、希望の光です。
がんばろう。





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by pitypang2 | 2017-10-04 16:51 | 日本語教師のこと | Comments(0)