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ハンガリーてくてく日誌2

ブダペストの大学で日本語を教えたり、ハンガリーの絵本を翻訳したりしています。指の間からどんどんこぼれ落ちていってしまうような毎日を、少しでも書き留められたらいいなぁ。


by pitypang2
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まとまらなくてもいいのだ。

今週末はなぜか
ずいぶん時間に余裕がある感じで
何か忘れていないかと心配になってしまうのだけど
とにかく受信メールも少なく
作文の締め切りもまだ遠いせいか
宿題の提出も少なく
特に人と会う約束もなく
夫はまた週末二日とも仕事で不在で
私は一人
ゆったりと過ごしています。
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学生からこの本を借りて
読んでいます。
(人の文体の影響を受けやすいもので
さっそく読点の少ない
長い文を書いてしまいました 笑)

今まで読んだ中で
一番私の中に入ってきたのは
この部分。

 言葉たちがつながらないまま原稿用紙の上に散らばっている。つなげて文章にしなければならないと思いながらわたしにはそのために必要な最低限の体力がなかった。もっと正確に言えば体力というよりも肺活量が足りなかった。ひとつの文章をゆっくり息を吸いながら読み切りそこでぐっと息を止めて頭の中で訳し語順を整えそれから用心深く息を吐き出しながら訳文を書いていくのがコツだと翻訳家のエイさんは言っていたけれどもわたしなどはひとつの単語を読んだだけでもう息が苦しくなってきて苦しいと思いながらいろいろ考えていると次の単語にはなかなかたどり着けなかった。それでも少なくともわたしはひとつひとつの単語の馴染みにくい手触りには忠実なのだと思うとそのことの方が今は大切かもしれないという気はしてきた。少なくともわたしはひとつひとつの単語を注意深く向こう岸へ投げているような手応えを感じていた。そのせいで全体がばらばらになっていくような気はしたけれども全体のことなど考えている余裕はなかった。全体なんてどうでもいいような気さえしてきた。翻訳というのが〈向こう岸に渡すこと〉なのだとすれば〈全体〉のことなんて忘れてこうやって作業を始めるのも悪くない。でもひょっとしたら翻訳とはそんなこととは全く別のことかもしれなかった。例えば翻訳はメタモルフォーゼのようなものかもしれなかった。言葉が変身し物語が変身し新しい姿になる。そしてあたかも初めからそんな姿だったとでも言いたげな何気ない顔をして並ぶ。それができないわたしはやっぱり下手な翻訳家であるに違いなかった。わたしは言葉よりも先に自分が変身してしまいそうでそれが恐くてたまらなくなることがあった。

昨日は体験交流活動を通した日本語学習についての
日本語教師のオンライン研修&会議があって
それぞれの悩みを共有する時に
一人の参加者の方から
「活動をした後の
まとめがうまくいかない」
という一言がありました。
私はたまたま名指しで意見を求められたので
寝起きの頭をフル回転させて
最近思っていることを
必死で口から外に押し出しました。

「最近まとめるという行為があまり好きじゃない」
という、身も蓋もないことを。

わたしなどはひとつの単語を読んだだけでもう息が苦しくなってきて苦しいと思いながらいろいろ考えていると次の単語にはなかなかたどり着けなかった。それでも少なくともわたしはひとつひとつの単語の馴染みにくい手触りには忠実なのだと思うとそのことの方が今は大切かもしれないという気はしてきた。少なくともわたしはひとつひとつの単語を注意深く向こう岸へ投げているような手応えを感じていた。そのせいで全体がばらばらになっていくような気はしたけれども全体のことなど考えている余裕はなかった。全体なんてどうでもいいような気さえしてきた。
今朝、これを読んで、
多和田葉子さん、ありがとう!と思いました。
まさにこんな気持ち。

最近、とりとめもなく出てきたものを
直後に簡潔に
全体的なものに総括し、収束させてしまう
という行為が苦手。
もちろんメリットも必要性も
絶対にたくさんあるし、
「それができないわたしはやっぱり
下手な日本語教師であるに違いな」いのかもしれないけど。

たぶんありきたりのセリフだけど、
わかったことにしてしまわないこと、
考え続けるのをやめないこと、
うまくこなさないことが
忠実な知性であるように思うのです。

私は毎年、2年生の後期から
各自自分が読みたい本を持ってきて
授業中に読むっていう
ちょっとむちゃくちゃな授業を
やっているのですが、
そこで一人の学生が
ほんの1年半の日本語学習の後で
「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」を
読んでいます。
これは二人の日本を代表する
偉大な思想家の対談なので
私なんかが何度読んでも
「あー、100%わかった!」
っていう風にはなりません。
その学生も、
こんな風に書いていました。
このまでに読んだ物は最初に難しかったが、この2人の会談はものすごく面白くて、二人ともの知恵を強く感じられます。今まで丁度わからなかった部分がきっとありましたが、分かったものについて心に記して考えてます。
全部わからなくていいのだ、
わからないことがおもしろいのだ、
きれいにまとまらなくていいのだ、
最後はなぜかバカボンのパパ調で
終わります。


これも学生に借りた本。
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一通り読んだけど、
もう一度読みたくて
借りっぱなし。
とてもいいハンガリー語の勉強になりました。
マリコとのエピソードが
大変よかったです。




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by pitypang2 | 2018-04-22 16:14 | ひとりごと | Comments(0)